About Anthony Wong

黄耀明と巡る魅惑の宇宙

前略、ネットの上より

はじめましての方、お久しぶりの方、こんにちは!

こちらは香港のミュージシャン・プロデューサー、黄耀明(アンソニー・ウォン、Wong Yiu-ming)さんのファンが好き勝手なペースで更新したり、しなかったりする、個人的なブログです。

かつて存在した私個人のサイトは、香港映画や音楽の感想に日記など、よくある雑多なもので1998年8月に開設しましたが、サイト内に黄耀明さんのページを作ってからは、そちらの更新の方が楽しくなっていきました。

CDの紹介やら雑なイラストやら演唱會の感想などの他、VCDやVHSから画像をキャプチャしたアイコラもどきのアホなページもありました。単純に自分の遊び場として作ったもので、黄耀明さんの最新情報を紹介しようなどとは微塵も考えず、ファン同士の交流についても、「他に立派なサイトもあるし、ごくたまに検索して来てくれた人とゆる~くお話しできればいいか」という程度でした。

その後、PCの買い替えや環境、趣味の変化もあり更新が途絶えていき、ニフティのHPサービスが終了した時にサイト全体が消滅しました。途中から並行して始めたブログも、運営会社がなくなって消滅しましたし……(今はexciteに移行してひっそり継続中)。

あ、mixiもありましたね。あれも途中からパスワードを忘れたか何かで入れなくなり、再設定が面倒くさ~と思っているうちにログインしなくなってしまいました。

 

時は経ち、2018年7月。黄耀明さんがソロとしては初の来日公演を10月に行うとの発表がありました。SNSの時代になって久しいですが、この機会に20世紀末に作成していた黄耀明さんのページをブログに移行し、復活させることにしました。

みすず学苑の半田学苑長か?というほど「私!私!ぜんぶ私!」の自分語りオンパレードですし、だらだらした長文だし、最近よく目にする「対象との距離感を間違えてる」系って私のことだろ!という自覚はあります。以前に作成したページは今見ると恥ずかしい雰囲気が充満していますが、現在の自分や社会常識から見てそのままにしておきたくない部分は見つけ次第、修正してアップしています。今後は見る方をドン引きさせないよう、(できるだけ)気をつけていきたいと思います。

 

今、黄耀明さんについて語っている場を一つでも可視化することは、次の日本演唱會に繋がる小さな力になるとまでは言えなくても、一人でファンをやってる誰かにいつか、「こんな所にも仲間がいたんだ」と思ってもらえるかもしれません。たとえそれが過去ネタばかりのサイトでも、あるだけでも少しは違うのではないかと思います。

田舎でまだ見かける松山容子ボンカレー、大村昆のオロナミンCの看板のように、何十年たっても内容は変わらずとも、あるだけでその対象の存在をアピールし続けるブログになればと思います。

 

そんなわけで21年目のリニューアルです。よろしくお願いいたします。

f:id:tanayan_diary:20180804193938j:plainサインもメッセージも全て偽物です。描いたのもすごーーーく昔なので若かりし頃の明さんです

黄耀明にがおえ帳

f:id:tanayan_diary:20180805133344g:plain主演映画『戀愛季節kiss me goodbye』より。マウスとペイントソフトで絵が描けるということが新鮮でした。

f:id:tanayan_diary:20180805133636g:plain香港のブライアン・フェリィさんです。誰が読んだか忘れたけど、ミュージックマガジンだったかな……。

f:id:tanayan_diary:20180805134054j:plain達明再結成演唱會の衣装。

f:id:tanayan_diary:20180805134151g:plain健康のためジョギングしてるという話でも聞いたのだろう、たぶん。

f:id:tanayan_diary:20180805134307g:plain丘の上の大王子さまと法螺貝

f:id:tanayan_diary:20180805134449j:plain99年4月と日付があった。キャス・パンと東京に来たというニュースを見て、ひよこまんじゅうとキティ人形焼きと共に。月餅好きらしいからこれくらいの甘い物はいけるだろうと。

f:id:tanayan_diary:20180805134729j:plain時折ギョロッとなる目の表情がミスター・ビーン似だと言われてまししたので、ビーンのテディベアと。聖誕快樂と書けばよかったのになぜか春光乍洩。

 

 

2000年 光天化日演唱會 鑑賞日記

2000年7月7號~7月8號 

香港會議展覧中心新翼Hall3

★時間:PM8:00~★客層:老若男女さまざま。意外かもしれないが男ファン多し(数年前に見た岡村靖幸の復活コンサートを思いだしたほど)★

一日目

会場は灣仔の港が一望できる「香港會議展覧中心」。コンサートが行われるHall3に入ってみると、ただっ広い場内なのにエアコンの冷気で肌寒い。この会場の雰囲気は、日本で言うなら「横浜アリーナ」または名古屋の「レインボーホール」のような感じだ。やはり黄耀明は香港ではかなりビッグな存在なのだということを、今さらながら痛感する(ふだん、小さなライブハウスに行くことの方が多い私)。

ステージ下、客席前方右側にお医者さんと看護婦さんが待機しているのを見て、なんか野外コンサートみたいだな、と思い開演を待つ。今日の席は右端ではあるけれど、前から三列めだ。このチケットをとってくれた方と、その幸運を分け与えてくれた人脈に感謝せずにいられない。

開演を待ちながら、私はだんだん不思議な気持ちになった。毎日の生活は不安と心配と、ため息でいっぱいだ(もちろんそれだけじゃないけどね)。だけど、今はこうして香港のコンサート会場にいて、同じアーティストを好きな人たちと、ただ好きな音楽が鳴り響くのを待っている。私と同じように開演を待っている香港のファンの子たちだって、黄耀明だって、毎日をひとりの人間として過ごしている時は楽しい時間ばかりじゃないんだよね。みんな会社や学校に行って、叱られたり失敗したり喧嘩したり、いろいろありながらも、今日この時を待ち望んでたんだろう。

 

……などと感慨にふけっているうちに開演を告げる音楽が鳴り響き、巨大なスクリーンに演唱會関係者の名前がクレジットされた映像が流れ始める。ドキドキ。ファンになって2年と2ヶ月、ついにここまでこぎ着けたという感慨で胸がいっぱい。

音楽が終り、誰もがステージを注視したその瞬間、『下世紀再嬉戯』をアカペラで歌う黄耀明の声が!すごいわー、やっぱり声デカいわ。しばし場内に響きわたるその声にうっとり。とまあ、こんな感じで演唱會は幕を開けたのであった。

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ステージには特にセットらしきものはなかったが、ステージ左端にはなぜかベッドが置いてある。そして銀ラメスーツと同じ生地の帽子、というド派手な衣裳の黄耀明に対してバンドのメンバーは白いTシャツ姿と、とてもシンプル。でも腰にはやはりギラリと銀色に光るエプロンをまとっている。黄耀明の右と左で踊るダンサー二人(男)も同じ格好。何なんだろう、このセンスは。ちょっとグラマラスな魚河岸の兄さんかい。

このダンサーというのがルックス・踊りともにどう見ても素人で、曲の間じゅうひたすら激しく、狂おしく踊りまくっているのである。ちなみに左側担当のダンサーは痩せていて、右側が小太りと対照的。小太り君が踊る様子は、林家こぶ平が「笑っていいとも」のレギュラーだった頃、本番中ずっとルームランナーやって何キロ痩せるか?という企画をやっていたのを思い出させた(ライブ終了後、一緒に見た日本人ファンの仲間は口々に「右側、こぶ平にそっくり」と言っていた。みんな思うことは同じなのね)。

ステージに「いかにも素人ダンサー」を出してくるあたり、実にひねりがきいているなぁ黄耀明…と、いちいち感心してしまう私。あ、曲のことも書かなきゃ。初盤で何か英語の曲を歌い始めたのだが、聞き覚えがあるものの、途中までは誰の曲なのかピンとこなかった。サビ直前でやっとマドンナの「マテリアル・ガール」だと気づいたのだが、「おおっ、アレンジ変わってるからわからなかったよ!やるなぁ~、かっこいいっ」と、またしても唸ってしまう私であった。

 

ところでステージ左端のベッドは何に使われていたかというと、ここにもまた二人の男性が登場し、ベッドの上でさまざまな人間模様を演じていたのだった。片方がベッドに横たわって何度も寝返りを打ち、「やっぱり眠れないっ」という風に突っ伏してみたり、その枕元でもう片方が本を読んであげていたり、二人で寄り添い仲良くベッドに腰掛けていたり。またある時はマッサージを始めてみたり…。こちらの方が気になりだすと、主役そっちのけでじーっと見入ってしまいそうだった。

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ステージを軽やかに動きまわりながら歌う黄耀明と、相変わらずめちゃくちゃに踊り続けるダンサーを見ているうちに、なんだか涙腺が緩くなってきた。この二人のダンサーの踊りはプロの踊りなんてものではなく、街角で見かけるあぶない人そのもの。駅で、日曜の公園で、歌い踊っているちょっとネジが外れたような人々。そんな人々をほうふつさせるダンサーや、ベッドの上で世話を焼いたり焼かれたりして愛を育む?(または患者と介護者か)男ふたり。「尋常」な世界から見ると少し奇妙に見えるかもしれない光景を、黄耀明の歌声がやさしく包みこんでいる。

いや、「奇妙」であろうとなかろうと、どんな人だって、私だって、ありのままで普通だし、それでいいんだ、と思えてきた。地上に生きるすべてのものは等しく、無条件に存在を許されている……なんてことがステージから伝わってきているような気がして、無性にありがたく、仏様でも見たように感動してしまった。思い込みかもしれないけど、こんな風にいろんなことを考えさせてくれるアーティストを好きになった事がとても嬉しい。

 

歌声があまりにも心地よく、また徹夜の疲れもあり(前日、ほとんど眠らず香港行きの荷造りをしていたため)、時々意識が遠くなることもあったが、それでも充分に感動的な演唱會であった。

とくに「小王子」が始まった時、この曲を生で聴くのが夢であった私は欣喜雀躍。あの林海峰との「Music is live」をVCDで見て印象に残ったのは、この曲を歌って幸せそうな黄耀明と、これまた大変幸せそうに合唱する観客の表情だった。私もついに、その幸せな観客の一人になれる!ジーンとしていたら、黄耀明本人もジーンとしていたらしく(声出なくて悔しくて、ではないよね?)、歌っている途中で声を詰まらせていた。いつも思うのだけど、こういう瞬間の心情とはどういうものなのだろうか。きっと、何かに打ち込んでいる人だけが味わうことのできる様々な思いが去来しているのだろうが……。

 

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ステージ上のパフォーマー達に話を戻すと、先に書いたダンサーやベッド担当の二人のほか、なぜか大きなゴールデンレトリバーを連れた女性が登場。というより犬がメインか。お犬様はステージ左端でおとなしくしていたけど、連れていたお姉さんは責任重大で大変だったかも。あとは「四季歌」で凧揚げする人が登場。ノスタルジックな曲調と非常によくマッチしていた。凧揚げは世界共通の懐かしい遊びなのだな。

スクリーンに映写される映像も、「雨粒がつたう窓越しに見える高層ビル群」や「えんえんと平泳ぎする人」など、いつか夢で見たような不思議な懐かしさを感じさせるもので、かなり私好みだった。スタンリー・クアンの映画っぽい雰囲気で。

 

ということで、何曲か歌と演奏がズレていたり何度もやり直した曲もあったりしたものの、全体的には満足できる初めての黄耀明演唱會体験だった。

 

二日目

席自体は一日目に比べかなり後ろのほうだったけれど、ほぼ真ん中でステージが見渡せる好位置。あやしい素人ダンサーズの踊りや、ベッド上のパフォーマーの動きも逐一チェックできた。

 

演唱會の中盤、ちょっとしたインターバルがあるのだけど、二日目はここで一日目にも出た(でも同じ犬かどうかは不明)ゴールデンレトリバーがステージ中央に登場。これにはびっくりした。が、観客は余裕の歓声と拍手で迎え、レトリバー君の「え?ひょっとして僕って主役??」とばかりにキョロキョロする様子がスクリーンに映し出され、観客の笑みを誘っていた。

何の曲か忘れてしまったけれど、確か痩せてるほうのダンサーらしき人が、黄耀明に変わってステージ中央で熱唱、するフリをする曲があった。黄耀明本人はステージ左端でアテレコの如く歌っており、中央のにせもの君は大げさな身振りで大熱演、しまいには「キメ」のポーズで硬直したまま、舞台袖に運ばれていったのであった。

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音楽的には打ち込みっぽいテケテケした音あり、琵琶あり琴あり(両方とも生楽器)と、かなりバリエーションに富んでいて良かったと思う。個人的には打ち込みっぽい音はそこまで好きではないけど、あの歌声が乗っているともう気にならなくなってしまうのである。

一日目はファンの反応はおとなしめだったが、二日目はうってかわってノリノリ。ぽつぽつと立ち上がる人が目立ちはじめ、曲によっては椅子の上に乗ってブリブリ踊りだすほどの大盛り上がりに。そして私もいつの間にか靴を脱いで椅子の上に乗っかってしまった。最初は誰かが席から立ちあがっただけで警備員が注意に来ていたのだけど、周囲のみんなが盛り上がって大フィーバー状態になり、私も雰囲気に流されてつい……(もうしません、すみません)。

二日目は3度もアンコールに応じるほどの盛り上がり。それも2度目と3度目は客出しの音楽が鳴っているのも構わずのアンコールだった。まさに「大盛況」を絵に描いたようなコンサート。観客への感謝を表すように、どピンクのラメラメスーツを着た黄耀明が真紅のバラの花束を持って現れ、客席に投げ始めた

ライブ、花束、といえばモリッシーだが、「黄耀明さん、あなたは私にとってモリッシー以上の存在ですっ」と心の中でむせび泣いていたのは私。

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アンコールでは達明一派の「石頭記」も聴けて。もう言うことなし。「石頭記」のイントロが始まった途端、「うぉぉぉーっ」とざわめく香港のファンたち。私も香港に生まれて広東語を母国語とし、達明一派に熱中する青春時代を送れていたなら……と、少しだけうらやましく思った。でもこうして日本に生まれ、日本や海外の魅力的なものや音楽にその折々で夢中になりつつ、ふとしたきっかけで黄耀明を知り、幸運にも香港にまでコンサートを見に来れてるんだから、それで良しとしよう。

黄耀明を知る機会を作ってくれた幾つかの偶然と、同じ黄耀明ファンということで知りあえた人々に感謝したい。心から。

そしてもちろん、黄耀明さん本人にも。

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 ▼今ではすっかり印字が薄れてしまったチケット

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Music is liveだ、そらもうお祭り騒ぎよ!

98年3月13日に行われた拉闊音楽music is live vol.2
出演は黄耀明&林海峰と超豪華。
VCDとCDからその盛況ぶりが窺えます。

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イカす頭だぜ、つけ毛だぜ!

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なんなんでしょーあの頭は。黄耀明ならしょーがないか、何やっても。ところで黄耀明さんは映像で見る限り、ステージに現れるときはいつも走ってくるのね。レベッカNOKKOみたいね(ああっトシがばれる!)。耀明さんはD.ボウイ、スウェードNew Orderを熱唱されました。英語曲だと、まるきりロックシンガーな感じで惚れ惚れしちゃうな。なんかもうズシーンと打ちのめされるよな。あ、英語の曲でも音楽番組でホイットニーの曲歌ってたのはロックな感じじゃなかったな(曲調からして当然だけど)。本当に好きなロックの曲だとああなるのかね。もう、変化自在でリンダ困っちゃうなりよ。

でもね。「Blue Monday」歌ってる彼も「石頭記」歌ってた長髪の彼も、「禁色」歌ってた彼も好きですが、この演唱會で「小王子」を皆にコーラス指導して嬉しそうな姿には、何よりもジーンとなってしまうんです。

尊敬する黄耀明との共演で張り切る林海峰

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けっこう一生懸命に歌ってた林海峰。それも達明一派の達さんの曲を。私はとってもジャンの声が好きで、香港のものとしては黄耀明の次によく聴くのです。凝ったサウンドを聴かせるジャンだけど、シンプルな 伴奏でせつせつと歌を聴かせるほうが好きだな。


 

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「Miss Alice Patten」を仲良く合唱した張茵はMultiplexのヴォーカルか…若いんだからたまには溌溂とした歌も歌いたいよね!私、Multiplexに対してちょっと環境音楽っぽいイメージ抱いてるもんで。そういえば「出たー、香港の渡辺満里奈」という声がVCD上映会で挙がりました。

ところでジャンはきキャス・パンと共演したことはあるのかな?キャスのアルバムでジャンの名前が出てないか探す下世話な奴だよ私は。

葛民輝、出現

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 客席から現れたのは葛民輝。おちゃらけて見せるところが照れ屋さん(^^)。葛民輝は「初恋」以来好きです。「天空小説」の時は「出川に似たヘンなやつー」と思ってたのなぁ。ところでこの時撮ったビデオどーしたの?

黄耀明さん過去の出演映画レヴュー

 第1回の今宵の特集は
「ゴールデンスワロー 魔翔伝説」(原題/金燕子 1987年香港)

出演:鍾楚紅,黃耀明, 曾志偉,吳耀漢,陳百祥ほか

【注意】ネタバレあり!

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昔昔の中国の物語…西域で商売の勉強をしようと夢見る、見るからに人の良さそうな青年・洛知秋(黄耀明)。ある日、彼は山の中で子供にいじめられていた金色の小鳥を助け、逃がしてやります。その小鳥は魔力を持つ雪女の娘・小雪(鍾楚紅)でした。二人はやがて恋に落ち、束の間の幸せな時間を過ごしますが、雪女の老女に狙われ、魔界のことを決して口外しないことを条件に知秋は解放されます。人間界に戻った知秋は身を売ろうとしていた小雪に瓜二つの娘を助け、二人は夫婦となるのですが…。

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【みどころ】

チョウ・ユンファレスリー・チャンの相手役として名を馳せた鍾楚紅(チェリー・チェン)との夫婦役。このまま俳優業やってりゃ黄耀明も今ごろハリウッドスターか、はたまた常盤貴子と共演か……はともかく、ちょっぴりドジだけど優しさ故に美女に愛されるという昔話的な役柄がよく似合う。ところでこの映画は吹替でしょうか。剣士役の會志偉の声はちゃんと甲高い声だしなー。

 

 名場面をチェーック!

f:id:tanayan_diary:20180805111713j:plain小雪と別れたショックで寝込んでしまった知秋。こんなことで商売がやっていけるのでしょうか。でも病みやつれた姿もステキ。ちょっと石黒賢入ってるかなー。

 

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話は前後しますが、小雪と仲良く暮らしているところを老女と小霜に急襲される知秋。老女の魔力で氷の中に閉じ込められる。ここで妄想

大道具「準備OKでーす。黄さんちょっとこの中に埋まって首出して下さい」
「よいしょっと。こんな感じでいいかな」
監督「ダメダメ、もっと情けない感じで!眉毛はハの字にして!」
チェリー「ねー早くしないとお化粧崩れちゃう」
…新人は辛いね! 

 

f:id:tanayan_diary:20180805113328j:plain日常生活に戻った知秋は小雪そっくりな娘を助ける。下心があるのかないのか、家までついて来た娘に「雨がやんだら帰れ」とつれない素振り。本心はドキドキしてるのにねー。この辺の純真演技が上手い!結婚して子供ができるまでは超早い。

 

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別の人間として知秋と幸せな生活を送っていた小雪だが、知秋がうっかり魔界での体験を喋ってしまった為、魔界に帰らなくてはならなくなる。

あー喋っちゃだめぇ~!とテレビの前で叫びそうになること必至。涙・涙の別れのシーンです。

f:id:tanayan_diary:20180805113518j:plain妻の去った後、残された娘と暮らし始める知秋。これが噂の(?)お習字シーンだっ!ちなみにこの時小雪は窓の外から鳥の姿で二人を見守っているのです。泣かせますね。それにしてもこのお父さんの老後が心配だ…娘さんの嫁ぎ先はスープのさめない距離であってほしいですね。って何を心配してるんじゃ。

その他の映画については、機会があればまた今度。

 

(2018年の私より) 『チャイニー・ゴーストストーリー』が87年7月、こちらが同年12月公開。「作るんやったら今のうち!」と大急ぎで作ったんだろうけど、意外と悪くない。異類婚譚の王道だし、その中でも子供は残るタイプの優しいお話なので安心して見られます。

A Fan's Opinion 香港人ファンに黄耀明のことを聞きました

(2018年の私より: 北米での黄耀明情報や、張亞東、盧巧音の音楽を紹介してくれたWさんに感謝して再録)

 

ある日、私の頭に浮かんだ素朴な疑問。「黄耀明は、はたして本当に人気があるのか?」 ベテランであることは間違いないけど、曲はそこそこ売れてるみたいだけど、雑誌「音楽殖民地」の人気投票ではダントツ人気だけど、それってやっぱり「マニア受け」ってやつなんじゃ…?

そこで、香港人の黄耀明ファンにメールでインタビューしてみました。答えてくれたのは現在アメリカ在住のWさん。お気に入り明星は黄耀明、林海峰、陳奕迅、王菲、それにクランベリーズと日本のバンドいっぱい!とのことです。ではさっそく質問にいってみよーっ! 

 

Q1.アンソニーは香港で本当に人気があるの?(いきなり直球)

A1.まず最初に…香港のエンタティンメント業界はとても奇妙なもので、今日まで生き残ってきた良質な音楽や真の才能はそれとは全く別種のものです。アンソニーやビヨンドをはじめ、本当に才能のあるソングライターやシンガーは音楽をやっている人々に尊敬されています。その意味では人気があると言えるでしょう。でも普通の人はそんなことには関心がないんです。彼らはテレビで見栄えのするアイドルを見たいと思ってるだけだから。
 
Q2..もしあなたがアンソニーのコンサートを見たことがあれば、感想を聞かせて下さい。

A2.私はまだアンソニーを生で見たことがないんです。でもビデオやLDで見た印象はいい感じですね。全体的なコンサートの雰囲気もとっても感動的です。ステージでの彼は、完全に音楽の中に、彼自身の世界へと入り込んでいるように見えます。私は彼のそういうところが本当に大好きです。
 
Q3.私が知る限り、日本でのアンソニーのファンは20代後半以上の人が多いんですが、香港ではどうですか?

A3.彼のファンの中で20代後半から30代前半くらいの人々が占める割合は大きいですね。香港では若い子たちの多くはそれほど音楽に興味を持っていません。彼らが求めているのはアイドル。テレビ番組でくだらないゲームをやったりするようなアイドルです。それから、アンソニーの歌のメッセージは10代をターゲットにしているわけではないと思います。彼の曲の多くは十分に練り上げられたコンセプトがあって…ときどき理解するのが大変ですから。
 
Q4.香港の人々は彼をどんなふうに評価しているのですか?

A4.ほとんどの人は彼の名前は聞いたことがあっても、音楽については知らないんじゃないでしょうか。彼はヒットチャートのトップになるような曲をいくつか持っているけど、香港には彼の曲のタイトルを一つも知らないという人もたくさんいるでしょう。私の個人的な意見ですが、彼のスタイルはPopとAlternativeの中間にあると思います。これからもその絶妙なバランスを保っていってほしいです。
 

……やはりマニア受けか?黄耀明。しかしヒット曲も出せる彼はテレビにもばんばん出るし、いわゆるゲイノー的な活動もなさってますし。完璧に欧米のロックスターそのものではないところが日本のファンにとっては新鮮な魅力として映るのではないか、と私は思っております。香港でしか生まれ得なかった個性というか。もし黄耀明がイギリスに生まれていて、成功していたら「イギリスは税金も高いし政治も最悪だね」とか言ってLAに豪邸買うようなありきたりなミュージシャンになってた…とは想像したくないっスね。やはり彼が香港に生を受けたことは天の思し召しでごさいましょうか。

(2018年の私より:「マニア受け」連呼してるけど、紅體育館で演唱會できるんだからどう考えても大メジャーですわな。ファンの年齢層については、日本において香港芸能のファン自体が高めだったから、特筆することでもなし。若いころに様々なエンタメに触れてきた人が、大人になって新たな楽しみの扉を開いた、という事ですね。香港に行くようになってからは、若いファンも多いということを実感しました)

むっちゃ無理して英語で書いてみた

(「ほーむぺえじを公開すると、中華圏の人に見られてしまうかもしれん!中国語ができないならせめて英語ページの一つでも用意せんと」と若き日の私は思ったらしい。英語ができないのに背伸びしてこんな文章をアップしていたが全く記憶になかった。おそらく「英語からの翻訳調の日本語で下書き⇒infoseekなどで英訳⇒日本語訳⇒再度英訳」みたいな流れで作成したと思われる。自分で英文読んでも意味がわからないので自分のためにweb翻訳した後、手動でほんの少し修整済み)

 

Talk about Anthony
 
I am not an old fan of Anthony.
It was spring in 98, I found the CD which contained "Forbidden colors" in the store .
At that time, though I didn't know fully yet about music of Hong Kong, I felt something special from the title of his song.
(As you know, "Forbidden colors" is the famous novel of Yukio Mishima and even a song of David sylvian).
The songs of Anthony were more wonderful than my expectation.
 
Though I liked Faye Wong and Sandy Lam, after I listened to the song of Anthony,they disappeared from my world...
 
From the day,I began to collect his album and information .
By Internet, I could know various information about him and
the existence of many fans like me.
It is very pleasant to read the thing which they tell on Anthony.
 
I wish I could argue the words of his song as the people who speak Cantonese.
I imagine the meaning of the words as much as possible with examining it in the dictionary.
Other Japanese fans will probably do so, too.
 
The words of his song are not his own works.
But,when he sings a song, the word becomes his.
I think that he and his fan knows it well.

Did I praise him too much?
How do you think?


by Tanayan (16/Sep/1998) 

 

アンソニーについて語る

私はアンソニーの古いファンではない。
98年の春、店内に「禁止色」を含むCDが見つかりました。
その当時、香港の音楽はまだ完全にはわかっていませんでしたが、私はその曲のタイトルから特別なものを感じました。
(あなたが知っているように、「禁断の色」は三島由紀夫の有名な小説であり、David sylvianの歌でさえあります)。
アンソニーの歌は私の期待よりも素晴らしいものでした。

私はフェイウォンとサンディラムを好きだったが、アンソニーの歌を聞いた後、彼らは私の世界から姿を消した...

その日から、私は彼のアルバムと情報を収集し始めました。
インターネットでは、彼に関するさまざまな情報を知ることができました。
私のような多くのファンの存在。
彼らがアンソニーに伝えることを読むのはとても楽しいです。

私は広東語を話す人として彼の歌の言葉を議論することができたらいいと思う。
私は辞書でそれを調べることで、できるだけ多くの単語の意味を想像しています。
他の日本のファンもそうするでしょう。

彼の歌の言葉は自分の作品ではありません。
しかし、彼が歌を歌うとき、その言葉は彼のものになります。
彼と彼のファンがそれをよく知っていると思う。

私は彼をあまりにも賛美しましたか?
あなたはどのように思いますか?

パソ通と明星と私【3】香港飛翔編

(立志編からの続き)

1998年7月、梁家輝ファンの友人と二人、ついに初の香港観光ツアーに参加。新しくできたばかりの空港に降り立った。残念ながらその前日か前々日に黄耀明啓徳空港さよならコンサート」に出演した後で、彼を生で見られる機会はなかった。

それでも初の香港にテンションは上がり、恋する惑星に出てくるヒルサイドエスカレーターに乗り、当時まだ存在した蘭桂坊のミッドナイトエクスプレス(ここもロケ地の一つ)の写真を撮り、泊まるホテルにほど近い重慶マンションで両替。

香港映画ファンとしてロケ地巡りを満喫した後は、黄耀明ファン活動も忘れてはならない。日本にも少なからずファンがいるということを、レコード会社にアピールするのだ。

名古屋の空港で買っておいた敷島製パンの和菓子なごやんを手に私が向かったのは、もちろん黄耀明の所属するレコード会社・正東唱片。近くまで来たのにビルの場所がわからず、近くの適当なビルに入り「受付の女性にガッチガチのカタカナ英語で道を尋ね、何言ってるのか全くわからないという顔をされる」という生き恥を乗り越え、なんとか目的のビルにたどり着いた。

清潔感あふれるオフィスの受付のベルを鳴らし、出てきたスタッフにまたまたカタカナ(もはや英語ではない)で挨拶すると、奥から「日本語わかります」という若い女性が出てきて対応してくれた。

黄耀明ファンであることを伝えると、「今、担当者が外出してまして」と言われたが、元から担当者に直接会うことまでは考えてなかった。「皆さんでどうぞ」と、名古屋銘菓なごやんと「日本から来た黄耀明のファンです」と書いたメモを渡し、早々にオフィスを後にした。

「日本から黄耀明のファンが来て、お菓子を置いていった」という事実が数人の社員の記憶に残ればいいのだ。「あの人、日本にもファンいるんだね~(モグモグ)」くらいで。それが即、来日公演や日本盤発売に繋がるなんてありえないが、「日本にも結構ファンおりまっせ!」ということだけは伝えたかった。

翌99年、黄耀明は正東唱片から環球唱片に移籍してしまうんですが。

 

この「正東唱片アポなし突撃体験」をネットに書き込みしたことにより、私は黄耀明ファンの先達に発見され、何人もの国内の同志と知り合うことができた。その人々とあのパソコン通信の黄耀明ファンのメンバーは一人もかぶっていなかった。

黄耀明と達明一派には沢山というほどではなかったが、想像よりも多くのファンがいて、ほとんどが地方在住だった。私と同じ県の人が二人もいて、三人全員が同い年というのもちょっと驚いた。

やがてニフティサーブInfoWebとの統合、ニフティのフォーラムへの参加者の減少などもあり、黄耀明ファンのスレッドへの書き込みも途絶え、パソコン通信のユーザーもほぼインターネットへ移行していった。

黄耀明ファンの方々との交流はネット上だけにとどまらず、黄耀明グッズを買いに神戸、大阪に行くオフ会も開催された。みんな日本語以外の英語や中国語はある程度できるようで、日本語のみの私は「凄いな~」と感心しきり。黄耀明がイベントにゲストで出ると情報が出れば、個人演唱會でもないのに香港に飛んで行くアクティブな方も多数おられた。

 

そして2000年。ようやく私も、黄耀明「光天化日演唱會」を見に渡航できることになった。チケットはファン仲間の方の香港の友人が取ってくれた。よく考えると、今まで行った黄耀明や達明の演唱會のチケットは全て、人に取ってもらったものばかり……いつもすみません(初の演唱會体験の様子は、ライブレポの記事をご覧ください)。

さて個人演唱會の次は達明一派の再々結成、また次の個人演唱會と、何度も香港に足を運ぶうち、嬉しい出会いがあった。私が黄耀明のアルバムを購入するきっかけとなった、「楽しげに、熱意をもって」パソ通で語り合っていた人々に、演唱會の会場で会うことができたのだった。その時の気持ちを一言で言うと、「やっと会えたね」(by辻仁成)。

 その方々のお一人に言われた。「どうしてファンになったんですか?変なオッサンやなって思いませんでした?

どう返答したか忘れたが、今はこう思う。

その音楽も含めて、変なオッサンだからずっとファンでいるのかも。

変=代わりがいない存在。数多に存在する明星とはどこか違う、その「変」のありようが自分の心や好みにストンとはまる。黄耀明のファンは彼と音楽の趣味が似ている音楽通が多い印象だが、そんな素地がない私にさえも「こんな音楽が聴きたかった!」と思わせてくれる。

欧米と中華、エンタメとアート、メジャーとマイナー、変なオッサンとポップスター、そのすべてが複雑に絡み合い、同居している黄耀明。どんだけ多面体なんですか。

香港ぽくなくて、すごく香港的

こんな明星、ちょっとおりまへんわ。