About Anthony Wong

黄耀明と巡る魅惑の宇宙

パソ通と明星と私【2】立志編

(黎明編からの続き)

それからしばらくして、恋する惑星天使の涙などの王家衛作品が香港電影迷ではない世間一般にも知られるようになり、彼の作品に出演していた金城武フェイ・ウォンなども日本のメディアに頻繁に登場するようになる。『恋する惑星』を上映した映画館ではパンフレットと一緒に金城武のCDも販売していたので、熱に浮かされた状態でつい購入。アイドル然としていた頃の金城CDの内容は正直、「う~ん……」だったが、映画はまた見たくなって再度足を運んだ。同じ映画を映画館で二度見るのは初めてだった。

監督つながりで楽園の瑕(東邪西毒)を見てからは梁家輝(レオン・カーファイ)のファンになり、さらに梁朝偉(トニー・レオン)、張國榮(レスリー・チャン)と、好きな明星がどんどん増えるのは当然の成り行き。王家衛系からほど遠い、ベタな香港映画のビデオも毎日のように借りて見るようになった。

そんなある日、当時まだまだ盛んで、私も毎晩ログインしていたパソコン通信ニフティサーブ(主に邦楽や漫画のパティオに参加)に香港映画好きの集まりがあるのを発見。

香港映画カテゴリの中には『アジアの明星』というサブカテゴリがあり、さらにその中に各明星ごとの、映画以外の話題も何でもOKなスレッドがひしめいていた。それはまるで、地下室で行われる妖しくも煌びやかなパーティーのようで、「こんなにいろんなスターのファンがいるんだ!」と驚いた。

その中の一つが、黄耀明のファンが語らうスレッドだった。他の明星たちと違い、最近(当時)はあまり映画に出ていないらしく、歌手活動に専念しているらしい。以前なにかユニットをやっていて、再結成ライブをやったらしい。もとラジオのDJらしい。ケリー・チャンと同じレコード会社らしい……スレッドを読むとそんな内容がわかるのだが、私の買った香港明星ムックや雑誌に「黄耀明」なんて人、載ってるの見たことない。こんなに楽しげに、熱意をもって語られている黄耀明という人の曲を一度聴いてみたい! そう思うのは自然な流れだった。

1998年5月のある日、3時間近くかけて大阪の中華中心(チャイナセンター)にたどり着いた。多くの通販会員を持つお店で、中華ものの草分けだった。黄耀明関連のCDは何種類もあったと思うが、その時点での最新盤であるベスト風月寶鑑(1997)を購入。『禁色』という曲が収録されているのを見て、「これはきっと坂本龍一&デヴィッド・シルヴィアンの『禁じられた色彩』のカヴァーだ!」と早合点したのが決め手であった。

ジャケットに写る黄耀明本人らしい人物は濃いめの顔立ちで、当時まだ流行っていない言葉で言えばなかなかのイケメン。写真は全てモノクロで、アルバムタイトルはデザイン化された簡体字。ジャケットやインナーから読み取れる情報はそう多くないが、それが却って謎めいていて興味をそそられた。

 

期待いっぱい、ワクワクしながらCDをプレーヤーにセットする。

「なんか地味な曲だな、でも悪くない」「やはり中国の伝統音楽は取り入れるのだな」

「おっ、けっこう好きな曲調だ」「なかなかいい声やん」

バラエティに富んだ17曲を、あっという間に聴き終えてしまった。楽器の音一つから声質、メロディまで、気に入らなかったものは一つとしてなかった。

『禁色』は達明一派の曲で、『禁じられた色彩』のカヴァーではなかった。JAPANの『ナイトポーター』を親しみやすくしたような曲調で、『禁色』というタイトルらしい雰囲気もぷんぷん漂っていた。かと思えば『小王子』のように、シャボン玉が舞う中、妖精がワルツを踊っているようなドリーミーな曲もあった。これも、あれも悪くない……いやむしろとってもいい……かなり好きだ……いや、めちゃくちゃ好きなタイプのミュージシャンかも!

アーティスティックだけどポップで、陰があるかと思えば弾けるように明るく、エレポップ風の曲とアコースティックな曲のバランスも絶妙だった。

「17曲も入っていて全く飽きさせないなんて。ベスト盤じゃないオリジナルアルバムも聴いてみたい!」

私は広大無辺の黄耀明的世界への船出を決意した。

風月寶鑑から達明一派の代表曲『石頭記』を知り、そのことを昔から好きだった邦楽バンドのファン仲間に伝えると「それは紅楼夢の別名ですね」と教えてもらい、『紅楼夢』(子供向け)を読み始めた。

休日ごとに名古屋や大阪、京都のタワーレコードHMVに行き、黄耀明や達明一派、時には他の明星のCDも買ってみた。

ふたたび「中華中心」を訪れ、達明一派のライブVCDと林海峰とのジョイントライブのVCDを買った時は店主の奥さん(香港人)に「黄耀明お好きですか~? フフフ…」と微笑まれた。

相変わらずパソ通は続けていた。黄耀明の映画出演リストを書き込んでくれた方がいたおかげで、あちこちのレンタルビデオ屋に出向いて『ジョイ・ウォンの聖女伝説』や『ゴールデン・スワロー 魔翔伝説』を見たり。香港の番組に出演したビデオを東京の業者から一気に宅配でレンタルし(確かレンタル代合計が2万円近く)、来る日も来る日もダビングに追われたり。

ノストラダムスの大予言の年まであと一年。黄耀明にはまるきっかけを作ってくれたパソコン通信が終わる日は、まだ少し先のことだった。